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宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

ほんとうに悟ったみたい

今日ね、ちょっとだけ時間があったからフッてYouTube開いて目にとまった『貞子vs伽倻子』ってやつ何気なく観たんです

 

どちらとも日本では有名なホラー映画なんですけど、これね昔見てた時は恐怖でドキドキしてたんですよ

突然現れるシーンとか、それの予兆が見える時とか、心臓が飛び出るかと思うくらい

 

でもね今日観た時全然違ってたんです

この前書いたロケット花火が点火されても鎖で繋がれてて飛んでいかない感じ

 

http://hyperconnection2012.hatenablog.com/entry/2017/02/25/234426

 

どうやらどんな感情にでも応用が効くみたい

感情に振り回されずに選択ができる😋

便利♬便利♬

 

今までのイメージがあるからそれ通りやってるけど違う選択をえいやでチャレンジしてみたら意外といけるのかも、、、

 

トラウマの本質とは

トラウマってよくいうけどそれってなんでしょう

 

辞書で見てみると精神的に大きな打撃を受けて、後遺症の残る心の傷とあります

要するに、たとえば親に激しく怒られて私はいらない人間だとか、否定される人間だとか、自分勝手な解釈で『思い込む』

それがその後の人生に大きく影響を与えるようになっていく『思い込み』のことですね

 

観術のひとつの動きからみたら現実全てが個人や人間勝手な『思い込み』なので現実は全てがトラウマということも言えなくもないと思います

だってこの『思い込み』が鬱、自殺、殺人、戦争など全ての起源となっているから

人類が共通で抱える大きなトラウマといってもいいでしょう

 

で、おもしろいのはその逆

その『思い込み』から自由になることは本人の意思でどうにでもなること

だからトラウマっていうけど、それは本人の意思さえあれば簡単に乗り越えられるもの

乗り越えられない=その思い込みの中にとどまりたいということ

 

ね、おもしろいでしょ😋

全ては本人の意思次第

 

ただし、意思があればというのは無意識でその決断ができるのかということ、意識であがいてもどうにもならないのが難しいところ

その決断ができれば突破していけるのです

 

 

自分がZEROになったとき悟る

昔よくNohJesuが相手を悟りの道に案内することで自分が悟っていくと言ってましたが、そのことについてちょっと考えてみました

 

まず相手を悟らせるというのはどういうことでしょう

まずひとつは相手の良さを無限大引き出すこと

 

じゃあその相手の良さを引き出すにはなにが必要でしょうか

それは良さを引き出そうとする『私』が相手のために集中すること

集中して集中して『私』が消えてしまうくらい

いや、実際消えるまで

 

そしたらね、スッキリするんです

頭の中の重たいモノが外に出て軽い軽い

 

だから自分が悟ろうとしても悟れない、相手を悟らせて初めて自分が悟ってゆくということではないでしょうか

等身大で生きれる社会へ

今日はある大学生の子から、これから就職活動があるんだけど面接の練習をさせてほしいとの依頼がありましてポジションで出会うIDでいってまいりました

 

練習だから面接官になるのかと思ったらそうではなくて、自己PR、エントリーシートをみる流れに

 

その子はすごく頑張ってて、A4用紙何枚もの枚数にたくさん書いていました

 

私、頑張る子見てるとほんとに応援してあげたくなるんですよね〜

ということで今日も全力シャカリキ力になってまいりました😋

 

なんかね、彼女、面接でされた質問にうまく答えられないとのこと

ということで、じゃあとりあえず自分の中を整理しようと提案

1つ1つ面接官に聞かれそうなポイントを掴んでは、一緒になぜそう思うのか背景をしっかり意識化

 

その途中で言ってたことなんですけど

今までたくさんの人に見てもらったんですけど、みんなあれがダメ、これがダメって否定なんですよねーって

それでそうやって添削してると気づいたら自分じゃなくなってしまうって

 

それ聞いて

私たちはほんとにひどい世の中に生きてるなぁ

って思わざるを得なかったのです

 

だってね、自分が思うことまっすぐ発信してたらバツがきて自分じゃなくさせられちゃうんですよ

 

なんてこったー😱じゃないですか

 

だからね、私は思うんです

等身大で生きたらいいじゃないって

なんで人間はありのままで生きれないのかって

ほんとに残酷だと思います

 

だから今日は彼女がほんとにどうしたいのか聴きながらとりあえずはその背景をしっかりさせることをやってきました

すごく満足してたのがよかったですね

 

もうすぐ等身大、ありのままで生きれる社会になるからね

それまでもう少し頑張ってね😋

 

あ、もちろん3.18 JapanMissionProject in 神奈川 誘いましたよ!

IT系なのでAIのこととか興味あってピッタリですね、今後が楽しみです

恋人欲しい人必見!

恋人欲しい人、必見!

 

っていっても今の若者はあまり興味ないか

いやいや、興味なくなる原因も突破できること前提で、はいもう一度

 

恋人欲しい人、必見!!

 

ちと強調しすぎた

 

、、、まあいいや

 

みなさん、恋愛っていうとどんなイメージしますか

 

男の人と女の人が出会って仲良くなってお付き合いして、ゆくゆくは結婚!?

まあ普通はそうですよね

 

でもね、観術みたら男女の出会い、恋人同士の出会いにもその道があるのです

 

ほら、だんだん興味出てきたでしょ、そこのあなた笑

 

いままでだと体の男女で出会って、お付き合いして結婚して家庭を作ってってやってきました

要は一番最初にあるのが出会いなんです

 

だけど、観術では出会いの前にあるものがあります

 

それは『間』

プロジェクトやビジョンっていってもいいでしょう

まあそのプロジェクトやビジョンが生まれる前には問題発見があるのですが、今日はそれは置いといて

 

そのプロジェクトやビジョンを遂行しようとした時に一緒にやる人の中からパートナーが自然に生まれるのです

 

プロジェクト、ビジョンがない場合、共有する目的がないからコミュニケーションが行き違い衝突しやすいしマンネリもするし、二人の仲がうまくいかない可能性が比較的高かったりします

一方後者、プロジェクト、ビジョンがある場合はどうやってビジョンを達成するかで互いに協力し合うからコミュニケーションが活発に起きるし、マンネリもしにくのです

だから循環が起き、信頼関係を構築しやすいと思います

 

簡単に言っちゃえば

互いの体を愛し合うか、互いが共有するビジョンを愛すのか

その点の違いです

 

体を存在させて愛し合うのはそもそも存在が存在しないのだからナンセンスですよね

存在は存在しない、あるのは間だけです

だからその間で繋がるのが理想ではないでしょうか

 

ここからもう少し考えを進めて

じゃあビジョンを達成したら恋人とお別れですかって思うかもしれません

 

答えは、、、

 

 

 

 

 

その通り!

 

 

 

 

、、、!?

 

 

 

本当です、完全に悟っていれば、ね

 

まあ私たち現代人は人類が悟っていく入り口なのでいきている間にそうなることはないと思いますが、完全に悟ればそうです

てか恋人なんて概念もなくなります

だって1しかないから生まれてもなければ死んでもない、男もいなければ女もいない

そんな世界だから

まあ人類が完全に悟った未来の世界の話は置いといて

 

要は何が言いたいかっていうと、私たちは悟った人間として世の中に発信していくので、ビジョンに向かう過程でパートナーと出会う

これが本来のパートナーとの出会い方なんです

だからあの人がカッコいいからいいとか、可愛いからいいとかそういうのは失敗しますよ😋

 

これからは出会いの前にビジョンです😋

努力は本当に努力なのか!?

努力っていうとしたらいいものとか、結果を出すためには必要とか、そんなイメージですよね

 

今日はね、ちょっと違った角度からその『努力』を考えてみたいと思います

 

今まで仕事でも勉強でもすごく頑張ったけど結果がついてこなかったり、それなりの頑張りだったけど結果が出たりとかってこと誰でもありますよね

 

なんでそんなことが起こるのんでしょうか

 

それは、努力という行動や頑張る意思のさらに深くにあなたが選択している『観点』があって、その観点にみあった現実がつくられるからです

 

無意識にどんな観点を選択するのか、それが大きく現実を左右するわけです

 

そうあるべき観点を選択していたら現実がどんなに厳しかろうとそのようになってゆくし、どんなに好条件な現実でもその観点でなければチャンスを潰してしまいます

 

まあ現実をつくっていく過程で例えば体がしんどいとか勇気ある挑戦が必要とかそんな場面があると、我慢したり恐れず踏み出したりとか必要になるので、少しの努力は必要かもしれませんが、、、

でもその少しの努力もその観点を選択してれば自然にできるものなのです

 

体が自分と思っている方からしたらこんなこと書いたら怒られるかもしれません

 

現実をつくるために必死なのにそれが自然だと!?怒怒

 

って

 

でも許してください

1つの動きから観たら実際そうなので、、、

 

一挙手一投足に観点は働きます

我慢するのも観点、勇気を振り絞るのも観点、観点がそうなら意識的には苦しいけどそれができちゃいます

 

もっと言えば逆にそうじゃない観点を選択していればどうあがいても現実は変わりません

現実をつくろうと我慢したり、勇気出して踏み出しても、無意識がそうしようとしないから意識的に苦しいだけ

 

前に書いたことがあるかもしれませんが、観点をそのままにして行動だけ変えるってやつですね、結果出ないし苦しいだけになっちゃいます

 

じゃあ観点を変化させればいいじゃないかって思うかもしれません

 

その意思がある観点を選択できてればいいかもしれませんが、そもそも観点を変化させる意思の有無にも観点が絡んできます

 

要は観点を変化させる意思がある観点を選択していれば、自然に観点は変化させていけますが、変化させる意思のない観点だったら頑張っても変わりません

 

だから全ては観点なのです

1つの動きから観たら、努力しているように見えてもそれはそうする観点だからそうしてるので自然なこと、逆もまたしかり

 

頑張ってるっていってもそれは自然なこと

頑張ってないのも自然なこと

 

体が自分と思って読んで怒らないでくださいね

それくら悟りの世界って人間の脳からみたら厳しいんです

 

悟りの世界は一刀両断

"一刀両断"

 

その意味は刀一振りで真っ二つに断つこと、その意味から躊躇なくきっぱり処置、決断すること

 

全く違うことを決断、選択する意味で悟りを選択するときもまさにこの決断が必要です

 

そこからちょっと深めて、、、

 

決断には何が必要でしょうか

 

それは地獄場、違う言い方をすると限界を感じること

 

観術では現実を結ぶとき、必ず地獄場/天国場をセッティングし、そこから粒子、力、運動、量と段階を経て結びたい現実を結びます

これが5Dでもあるのですが

 

問題は地獄場のセッティングの深さです

考えレベルの地獄場なのか

感情レベルの地獄場なのか

はたまたアイデンティティレベルまで深い地獄場なのか

 

考えレベルの地獄場だと自分の行動は変えることはできますが、持続させることやその地獄場を共有して他人を動かすことは難しくなります

感情レベルの地獄場ではその強さに応じて行動し、持続させ、さらに周囲を巻き込むことも可能になってきます

しかし、自らそのものが変化するというところまではいたりません

アイデンティティレベルの地獄場がセッティングできて初めて自分の本当の変化が選択できるようになります

 

NohJesuは21年前、人間として生きる道がなかったとよく言います

これは言い換えれば人間のアイデンティティを握っていれば地獄だったの意味

アイデンティティレベルの地獄場のセッティングに成功したわけですね

だから究極の選択をできたわけです

 

深い地獄場セッティングからの変化はそれより浅いレベルの変化すべてを可能にします

 

だからアイデンティティから考え感情言葉行動関係構築がすべて一貫して繋がっているんですね

 

私たちも人間としてとまではいかなくとも、例えば自分は否定される人間だとか自分は寂しい人間だとか、そういったアイデンティティに対し地獄場のセッティングをすることで本当の変化を選択できるようになります

 

ちなみに私は否定される人間としてそのアイデンティティの地獄場をセッティングし生まれ変わりました

 

地獄場のセッティングにより"一刀両断"の選択ができるようになります