宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

なぜ観術が必要か(経済編①)

今日は経済面から観術の必要性を仲間と考えました


経済面というと私たち個人はやっぱり目先の支払いなど生活におけるお金の問題を考えやすいのではないでしょうか


じゃあ今なぜこんな風に個人の経済状況が逼迫しているのでしょう


それはひとつは経済のシステムに問題があるといえると思います


例えばわかりやすいように世の中の会社がA社、B社、C社の3つしかないと仮定します


A社の作った製品は主にB社、C社の社員が購入します


ところがB社、C社の経営者の立場からしたらできるだけ社員の労働賃金は安く抑えたいと思うので、それをできるだけ実行します


そうするとB社、C社の会社員の給料が下がりA社の製品が売れなくなります


そうするとA社の社員の稼ぎも減り購買意欲が下がっていきます


このことを全部の会社が連携しながらやってるわけですね


だから個人の経済は厳しくなるし、経済循環も滞っていくわけです



このような悪循環が原因になって個人や全体の経済が停滞していくわけですが、なぜこのような悪循環を生むシステムになってしまうのでしょうか


それは上の例でいうなら、経営者が儲けるためにとか、会社の業績を伸ばすためにとかを理由に、社員の賃金を抑えるから


どういうことかというと、自分とか、自分の会社とか、境界線を引いて利を追求するところに原因があるわけです


これが観術のいう観点の問題ですが、この問題を突破できない限り経済が本当の意味で立て直しができないんですね


いくら市場にお金を投入しても、いくらいい製品を作っても自分のことだけを考えていては全体の循環を停めてしまいます


だからといって小手先だけで全体のためにと考えるのも簡単なことではないと思います


これからは人間の本当の変化が必要なんですね



じゃあ本当の変化とはなんなのか


それは本当の人間観というところに繋がってきます


人間とはなんなのか、なんのために生きるのか、その答えに到達すること


実はこれ、人間の深くにあるニーズです


これを満たすのが観術でもあり、ロボットが仕事場を奪って雇用問題が深刻化していく中、新しい持続可能な経済発展を創っていくことができます