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宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

支配される屈辱さ

このところ観点の問題の深刻さがわかってきています。


脳の観点に掴まれたまま、上がったり下がったり。


ある条件ではヘコみ、ある条件ではイライラし、またある条件では歓喜にわきあがる。


マイナス感情が脳の観点に掴まれて意図せず出てくるのは当然だが、プラスの感情でさえ条件反射。


悲しくても嬉しくてもその感情になる条件が揃ったからそうなっているだけ。


脳に固定されてあるボタンを押されたらその結果が出力され、また別のボタンが押されたらそれに合った結果が出力されるロボットのようなもの。


そう思うと人間とはなんなのか、屈辱を感じずにはいられない。


この脳から自由になって条件反射で生きる屈辱から解放されたならどれほどの歓喜と感動があるだろうか。



支配からの解放。


そんなことを考えていたら、そういえばフランス革命や韓国の独立運動も『支配』からの『解放』という意味では同じではないかと気づく。


その時代を生きた人々が王や他民族に支配されることでどんな屈辱を感じていたのか。


そして解放され自由を勝ち得たときどれほどに喜び慄いたのか。


そこに立場チェンジができる気がする。



世界的な危機が迫り来るこの時代、150年前に列強の危機から日本を救った薩摩藩長州藩のように、犬猿の仲である日本と韓国が手を取り合って世界に観術を発信していく必要がある。


そのときに反日の韓国を理解することは必要不可欠。


その反日の裏にどのような感情が込められているのかを。