宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

教えるとはなにか

観術は教育ですが、教えるとはなんなのでしょう

 

私が思うに、内容を教えることにはさほど大きな意味はないんじゃないかな

なぜかっていうと教える内容ははその人の気づきだから

 

あ、先に言っておこうと思いますけど教える内容は知識ではなく気づきです

たしかに気づきを蓄積するための最低限の知識は必要ですが、それ以上の知識は相手を審判判断する基準を作ってしまうので、観術教育で教えるのは気づきがほとんど

 

で、気づきを教えることにはさほど意味がないっていいましたけど、そう、それはその人の気づきだから

別の人からみれば違う観点からみることになるのでそう言い切れなくなってくる可能性もあるから

 

じゃあなぜ教えるのか

それは気づきと感動を誘発するため

この人といたら気づきや感動をもらえる、だからまた会いたくなるし、一緒になにかをしたくなる

そんなモデル的な存在になってその時代を牽引していくため

 

だから教える目的は教えるためではない

時代を牽引していくために教えるのだ

気づき感動を与えられる人間力が時代を引っ張っていく