宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

死ぬとはどういうことか

最近ことあればNohJesuは"まず死ね"という

もちろん体の死、すなわち今までのイメージの死ではないことは当たり前

 

体がなくなってエネルギーまでほどける、それでまたそのエネルギーから結ばれて同じような判断基準を持った体で生きる

これを輪廻といっているけど、そのほどけるところを"死"といっている

 

じゃあなんでそれを"死"という単語を使っているのか

 

それはほどける前と後の自分に対するイメージの格差に原因があると思う

ほどけたしまったら、ほどける前の自分は完全に消滅してまったく新しい自分に生まれ変わる

 

消滅=いなくなるといってもいい

だから"死"という単語を使うのだ

 

そして生まれ変わるという言葉ゆえん"第2の誕生"という言葉も使う

ほどける前の自分は消失して、まったく新しい自分になって新しい人生がスタートする

 

ポイントはそれら"死"と"第2の誕生"という言葉の裏に"感覚"があること

本当にほどける前の自分は死んだんだ、それでほどけた後の自分は生まれ変わったんだという感覚

その感覚があるからこそそれらの言葉を使う

 

ただ言葉だけを聞いて使っていては表現が薄っぺらくなってしまう

変化といったときにどこまで自分が死んだ感覚があるのか、どこまで生れ変わった感覚があるのか、その感覚から表現することがとっても大切

 

感覚をもって話せばその感覚を相手にイメージさせることができる

次元の違う説得力を獲得できるのだ

NohJesuがひとつのイメージから話をするから私たちがその動きをイメージできるように

 

感覚があること、それがあなたという人間の価値を押し上げる