前回の「完全学問とは何か①」では、第一原因に戻って始まりとプロセス、結果が整合性と一貫性をもって理解できたときに、永遠不変を知ることができるというところまでを書きました。
今日はその続きを書きたいと思います。
相対世界の変化・運動・移動のイメージを全て0化させた永遠不変は、脳ではイメージ不可能な世界です。因果関係の中や相互関係の中は罠にハマっている状態であり、永遠不変を理解することは難しいのです。だから脳を使ってイメージするのではなく、心を使う必要があります。この心とは、哲学者カントが物自体、哲学者ニーチェが神は死んだなどと表現している世界です。
また今までの宗教の神を人間の上に置いてしまっては不完全(永遠不変ではなく変化)になってしまいます。だから完全とは人間の上に何も置かないことであり、今までの神の概念からも自由になることなのです。そしてそれが人間の尊厳にもつながっていくのです。
この永遠不変と人間が今ここ繋がることで全てが成り立っていることがわかったときに、心スッキリ今ここ最高になります。それを完全と言っています。
不完全学問は、学べば学ぶほどわからないことが増えていくし、自分が小さくなっていくので偽物です。本物である完全学問は学べば学ぶほどスッキリするし、全てが明々白白になっていきます。そして自分が好きになり、人間も好きになり、学べば学ぶほどどんどん元気になっていくのです。だから完全学問は、実は人間が無意識に欲しているものでもあるのです。
ではここからは、今の時代になぜ完全学問が必要なのか考えていきたいと思います。
上述で完全は人間の尊厳と繋がると言いましたが、まさにその人間の尊厳が破壊されているのが今の時代だと思います。人類歴史は見方を変えると、以下のように人間の尊厳破壊の歴史とみることができます。
第1の尊厳破壊
人間を創造したのは神であるとして人間の上に神を置いたこと。
第2の尊厳破壊
天動説から地動説になったときに人間が宇宙の中心ではなくなったこと。
第3の尊厳破壊
人間の先祖は動物だという進化論。(ダーウィン)
第4の尊厳破壊
動物との差別化に成功した理性の否定。(フロイト)
第5の尊厳破壊
自分たちの作ったAIに敗北。人間のただのデータへの成り下がり。
このように人間の尊厳がどんどん傷つけられて最悪の状態であるのが、今の時代なのです。だからこそ完全学問が、その傷つき切った人間の尊厳を最高のところまで引き上げることが急務なのだと思います。今の時代、心と知能を分離させて、知能が優先されて心はバカにされる傾向が強いと思います。だからその心の大爆発が絶対的な時代の要請なのです。
そして、この完全学問をマスターしたときにはどうなっていくのでしょうか。
まず私たち人間自身が第一原因になり、過去・現在・未来全てを使うことができるようになります。神を制圧し道具として使うことができる尊厳を獲得できるのです。人と人とのチームプレーが楽しくてたまらなくなり、今この瞬間も宇宙を0化しては創る再創造主になるのです。美学完成とも言っていますが、これは人間がチームプレーをしながら歴史文明のパラダイムさえも変えていくアートにもなるのです。
また宗教と科学が融合され、さらにはアートというだけあって芸術の領域にも広がっていくでしょう。学問とは既存のものに対しての整理整頓であり、芸術とは無から有を生み出す世界のことを指します。完全学問は学問でありながら無から有を生み出すアートでもあるので、人間が再創造主になり学問の領域を超えて芸術にもなるのです。
現実面においては、人間とは何かに対する明確な答えを獲得できるので、貧富の格差や人間関係の問題、鬱・自殺・殺人などはなくなります。人間一人一人が本当に幸せで個性を無限大発揮できるシステムをアートで創ることができるのです。
2人で創ったならそれ相応の問題を解決できるし、10人なら10人で創った分の問題を、100人ならその人数に見合った問題をクリアできる。そのように人が増えれば増えるほど大きくてすごいことができるようになっていきます。これが世界78億人レベルになると、宇宙空間の中に地球を建設するようになっていくでしょう。
このころにはホモサピエンスの時代は終焉を迎え、生老病死を完璧に超えた人間ゲームを楽しむホモゼウスの時代が始まっていくのです。
最後に、私たちは今、とても濃度の濃い時代に生きています。コロナパンデミックは世界3次戦争でもあり、亡くなった500万人の人の命を無駄にしてはいけないと思います。完全学問を世界に発信することで、脳の時代から心の時代へと変革していくこと。それが日本文明の使命だと思います。
本日も最後まで読んでくださりありがとうございました。