読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

アクセルとブレーキを同時に踏むってどんな感じ!?

最近よく観術ではアクセルとブレーキという言葉を使います

 

車で言えばよくわかるんですけど、実際どんな感じなのか

今日はちょっとそれをイメージしてみたいと思います

 

まずはブレーキ

これは幼少期の無意識の決断からくるもの

たとえば自分は否定される人間だとか認められない人間だとか

自分に対してマイナスのアイデンティティとして決めつけるんですね

 

だから大人になっても、周りはそんなつもりではないのに勝手に否定されたとか認めてもらえてないとかって受け取っては、怒ったり、傷ついたり

 

周りから見たら理解できない反応をしたりもします

そんなだから人間関係に支障をきたすことも多々あったり

 

それでさらにやっかいなのがそんな中アクセル全開なこと

無意識で上のようなブレーキ状態にもかかわらず、意識では否定されないようにとか認めてもらおうとかってガムシャラにやるわけです

否定がこないように一挙手一投足を必死に考えて行動したり、認められるためにシャカリキ頑張ったり

 

本人から見たら否定がくるのにそれを認めずその否定を跳ね返しながら走るようなもの

だから向かい風のきつい中必死に前進しようとするようなもの

意思も労力も無駄に消費してしまうのです

この状態だと苦しいですよね

 

で、場合によってはブレーキが無意識に働いてるのでそれに気づかずアクセルの状態になれてるからそれで良しとしたり

 

でもそれもまた良いものではありませんね

なぜかというとアクセルがあるということは必ずブレーキがあるということだから

どちらか片方だけということはないんです

だからアクセルもブレーキも両方ない世界にいかないとそこから自由にはなれません

 

その世界に行って初めて変化したといえるのです

AIの危機

近年、AIが登場して人間の仕事を奪っていくというようなことがよく言われてます

それと同時に人間の尊厳の危機ということも言われてますね

 

そういうのって言われてはいるけど、ピンとこないっていう人が少なくないのではないでしょうか

思考レベルではわかるけど、なかなか感情レベルで切迫感はないとか

今日はそれがどういうことなのか、ちょっと掘り下げてみたいと思います

 

まず仕事を奪われることについては、その仕事に目的やプロセスを明確に持っていればその危機は実感しやすいと思う

目的はたとえばお金のためとか生活のためとか、一方プロセスはその仕事に対するプライドなど

 

仕事がAIに代行されるとなると、お金は入らなくなるし、生活も厳しくなる

それにプライド、たとえば漁師が天気や魚の群れを予測して大漁を狙う時にAIがあればそれのいうことを聞いてただ実行するだけでよくなる

だから誰でもできてしまうのでプライド、尊厳を破壊されることにつながりやすいと思う

 

こんなふうに仕事に対する思いが強ければ強いほどAI登場の影響は受けやすいのではないか

 

今はまだ私たちの生活にAIが浸透してきてる感じはしないので実感を持ちにくいのは当然かもしれないけど、なにかが普及するときってだいたいは指数関数的に伸びて行ゆくもの

ある境まではそんなに流行ってなかったのに、そのある時を境に一気に爆発的に広まってゆく、そんな伸び方

で、この2017年がまさにその境

 

だから今あまり生活の中で見られないのは当然だし、それと同じ分だけこの先津波のようにAIが導入されてゆくのも当然になると思う

 

今はピンとこないという分だけ危機だということ

 

私たち人間はAIとどう向き合うのか

それに対処できる人だけが生き残っていく

立場チェンジすることの意味

なぜ立場チェンジをするのでしょうか?

 

それはあなたの思う目の前の人のイメージは思い込みだから

あなたが勝手に作った思い込みの人だから

 

だから本当に本当に自分から見るのではなくその人になりきるイメージを膨らませてみよう

 

なんで目の前の人は無関心なのか

なんで目の前の人は怒っているのか

 

いや違う

無関心ではない

怒ってもいない

 

関心あるけどそれを表現する術を知らないだけ

怒っているようで立派な人間になってほしいだけ

 

それを表面だけみて自分でこうだ!って決めつけているだけ

 

それで勝手に因果に掴まれて、、、

狭いところに閉じ込められて、、、

 

人間はなんて切ない存在なのだろうか

 

だから今からはもうそれに気づくとき

私たちは狭いところに閉じ込められているんだ

それを知ってそこから自由になる

 

立場チェンジすることはその因果から自由になるプロセスだ

好きこそ物の上手なれ!?

やっぱり楽しくやってる人は外から見てて違うって思うことありませんか

 

昨日神奈川JMPのために桜木町付近のお店にポスターを貼らせていただいていたのを回収して、お礼を言って回ってきたんですけど、そのうちの一件の喫茶店に寄ってお茶したところで感じたこと

 

れいに飾られた作品

マスターと程よい近さのカウンター

そのカウンターの上に置かれるおしゃれな敷物

そんなきれいな空間に入ったすぐあと、前に来てくれましたよね、と言ってくださって

一度しか行ってないのに顔を覚えていてくださったんです

 

そういうのいろいろ全体的にみてこちらのマスターは、空間をきれいに飾って、しっかりお客様と向き合って、それが好きでそのお店をやってるんだなって思ったわけです

 

だからお客のこちら側としても行ってお話してると気持ちがいい😋

また行きたいなって気持ちにさせてくれるんです🤗

 

なんかね人にそう思わせるのってすごく大切だなって思うんです

喫茶店でなくても、この人にお願いしたいとか、この人と一緒にやりたいとか、そういうの

 

それがあなたの強みになるし、ブランドになっていく

一人一人がそんな風にたってゆく

 

そんな一人一人が生きる社会をこれから具現化しようとしているわけですけど、イメージするとワクワクしますね

f:id:hyperconnection2012:20170325115055j:image

これからは気づきが商品になる

面白いのは商品そのものが変わること

 

今までの時代はモノや知識が商品であることがほとんどだったけどこれからは違う

 

こらからは気づきが商品になるのだ

 

たとえば私のブログ

数ある現象の裏に隠れた共通点を見つけては整理整頓して形にする、そんなことしてますけど、要は気づきからくるものを書いてます

だからこれ、商品ともいえるんです、お金は発生しないけどね

 

で、問題はなんでそんなこと言えるのか

それはNohJesuの遂行する21年プロジェクトを俯瞰してみればわかること

 

まず21年プロジェクトの根源は万物の共通点、無と有を成り立たせる動き1つの発見、すなわち1しかないことに "気づく" ことから始まっている

それを出発に全ての商品が生まれてますよね

 

そして私たちが悟るということはNohJesuそのものをコピーすること、すなわちあり方、思い方、やり方全てをコピーするということ

だから気づきが商品になるところもそっくりそのまま真似しちゃいます

 

それでその気づきが問題意識に発展したら商品価値がグンと増してきますね

NohJesuの場合は世界を救済する究極の商品だし、教育現場の問題や地域社会の問題など、その商品のスケールは様々

 

前に私は生まれ変わったと言ったけど、自分の観点を手放してみて観点の問題に明確に気づいて、そこからビジョンが生まれました

この一連の気づきも商品になるのです

 

だからどんな気づきをするかであなたという人のレベルがわかっちゃいます

まあ1からみるから相対比較はないですけどね

 

これからはあなたの気づきがあなたの商品になる、そんな面白い時代

 

ヌリ路はなぜ商品になりうるのか

先日、ヌリ路〜歴史観光ツアー〜に参加しましたけど、確かにタダのツアーではありませんでした

一般的なツアーからするとかなり斬新な内容でとっても楽しいのですが

 

じゃあなぜヌリ路は商品になりうるのでしょうか

ヌリ路の商品価値とはなんなのでしょうか

 

一言で言えば

『観術が入ったから』

観術では宇宙論がわかって初めてどう生きるのかの人生論を語れるようになると言いますが、まさにそれを応用したツアーだということ

 

どういうことかといえば、歴史を紐解いて今ここの自分と繋がること、それによってこれからどう生きるべきなのかが見える

 

前回のヌリ路で言えば、鎌倉幕府を裏で支えた尼将軍、北条政子の活躍、当時の日本を海外から守ってきた武士たちの活躍、西洋を受け入れた明治維新などが今を生きる自分と繋がり、これからの自分の生き方に影響を与える

そんな感じ

 

行った先はなんの変哲も無い観光地なのに、観術が入れば自分と繋がり生き方に影響を与えてしまう、そんな商品に早変わり🤗

観術はなんとも不思議な魔法の術ですね✨

 

で、大切なのが歴史を紐解く時

なにが大事って妄想が大事なんです

ちょっと言葉のイメージが偏ってるかもですが、要は自分が思いたいように思えばいいということ

特に歴史はほぼ100%主観なので

 

まあちょっと話を広げてビジネスに応用するのなら賛同してくれる人が必要なので、少し話は変わってある程度の客観性は必要でしょうが

 

ということでそんな感じで根っこがしっかりして生き方に影響を与えられるようになるから、商品価値が出るわけです

イメージはある無しで大きな差

ちょっと思うこと

いや、かなり思うこと

 

"イメージがあるということは大したこと"

 

イメージがなかったら真似しかできないし

場合によっては真似にもならないこともある

 

イメージがあれば誰よりも最初に形をつくることができる

歴史上の発明などはみんなそう

イメージがあるからそれができる

 

問題はイメージがあるのにそれを具現化しない、もしくはできないこと

これほどもったいないことはない

 

イメージがあるのなら誰よりも早く発信するのがよいだろう