宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

喜び感動できる仕事とは?

心から喜びを感じられる仕事をしたい

そんなことを入社3ヶ月の私は考えていました

 

というのも会社では与えられた仕事をそれなりにこなしていれば、それなりに給料がもらえて、それなりに生活できる、それなりに続けていればそれなりの人生を送ることができる

そんなそれなりがとても嫌だった

 

そしてなによりも、与えられた仕事をそれなりにこなすということは、ロボットのように機械的にやってれば万事オーケーというように見えてしまう

一緒に働く人たちはそれに微塵も疑問を感じていなかった様子で、むしろそれが当然というスタンス

だけど朝礼では重たくどよんとした雰囲気で、仕事中も楽しそうな感じは伝わってこない

誰もが"やりたくない"と言っているようにみえた

そんな中で私はというと、もっとも鬱々として覇気もなかったと思う

 

社会人になったら敷かれたレールに沿って1mmもズレる事なく定年まで楽しく勤め上げる、そう思って意気込んでいたのに、こんなはずではなかった、、

そんな3ヶ月目の私はそんな絶望の最中にいたのです

 

会社の人は面倒見がよく優しく、とてもいい人ばかりだったのですが、さすがにそんな鬱々としてやる気の感じられない人間を疎むようになりました

 

当時、新人が担当する2人1組でやる仕事があって私もそれを担当してました

普通なら2人で出かけて終わったらまた2人で帰ってくる、そんな作業だから2人の仲が良かったら楽しいともいえるかもしれない仕事です

しかし、完全に愛想つかされていた私は、その仕事が終わると放って帰られるなんてこともありました

その時の相手の背中は冷たく無言の怒りを物語っていたように思います

 

そんなこともあり、会社という組織にいては理想の仕事には出会えない、だから辞めてでもなにかを探さなければならない、そう思うようになりました

 

その後に私はその会社を辞め、企業組織ではないある団体に入ります

もちろん喜びを感じられる仕事をしたい、その想いで入ったのですが、そこでもそんな仕事はなかったのです

その団体では自分がお金持ちになろうとか、自分がいい車に乗ろうとか、そんなことに目を輝かせる人たちばかりで、私には何の魅力も感じられなかったのです

 

ここにいても未来はない

だけど、他にどうしたらいいというのだ

そんな葛藤をしていた時にまたある人と出会い、教育事業に携わることになるのです

 

私にとって身の回りの環境をごっそり変えることは一大決心が伴うことなので、会社を辞めることもその団体を辞めることも背水の陣だったのです

 

しかしそんな決死の覚悟で選択した仕事はなんと、自分が喜びを感じられるのはもちろんのこと、周りの人にまで喜びを振りまいていけるそんなものだったのです

 

本当に喜びを感じられる仕事とは、目の前の人を喜ばせ感動させられる仕事

そんな仕事を私は見つけることができました

 

私は日本中の人とこの喜びを共有したいと思っています

是非みなさん一緒に喜び感動しませんか?

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一発逆転!世の中に革命を起こす仕事

みなさんは自分の生きる世の中に対してどう感じていますか?

 

学生の時からサークル活動や友達と遊んだりなど楽しく過ごしてきて、数年前に社会人になった

会社や仕事は比較的自分に向いているし、それなりに効率よくこなすこともできるから職場では困っていないし

そこでの人間関係もそこそこ上手くやっている

大体のことはそれなりにうまくやれるから逆に刺激が少なく毎日にちょっと退屈気味

 

例えばこのような日々を送る方はきっといるでしょう

 

そしてさらに

自分の仕事、いや世間の仕事は、その仕事をしている本人も含め、本当に世の中を豊かにしているのだろうか、そんなことを漠然と感じていたりしませんか?

 

だって自分の周りにいる人や、日常で会う仕事をしている人は、時間に追われたりやりたくもない仕事をやっているようにみえるし

そうして日々眉間にしわを寄せながらせかせかしているようにみえるから

そしてそれでいてその仕事をすることで世の中はよくなっているのかってみてみると、未来は不安に感じることの方が断然多い

今の仕事は自分に向いてはいるし、続けていればこの先もたぶん生活に困ることもないけど、本当にこれでいいのだろうか

そんな風に感じてイマイチしっくりこない

 

何か他に"これだ!"というものはないかなと思って探すけど、世の中は"自分"が幸せになりましょうとか"自分"が成功しましょうとかいうものばかり

頑張ってもその仕事をしている"自分たち"が幸せになって豊かになりましょうというものにとどまっている

 

世の中は自分や自分たちのことしか考えられないような、そんなレベルなのか

本当は心から人のために、世の中のために仕事をできたらいいなと思うのに、、

 

こんな風に思って、世間に対し冷めてしまっている人はいるでしょう

それで惰性で日々を過ごすしかない、そんな状態に陥って今にも未来にも希望を持てないなんてことに、、

 

こんな状態をどうやって解決したらいいのでしょうか?

 

それにはまず世の中を構成する最小単位の人間が、自分のことしか考えられないようになっていることをしっかりわかることが必要です

 

多くの人はそんなことないとか思うだろうし、否定したくなると思います

だけどここから目をそらしては本当の解決にはたどり着けません

だから自分のことしか考えないという人間の現在地をちゃんと認識すること

 

それができたら人間が本質的に変化しないといけないことが必然的に導かれるでしょう

n-Techはその変化を案内するものなのです

その技術で本当の意味で人のために世の中のためにと考えられるようになった人が、新しい世の中を創っていく仕事を創出していくのです

 

世の中に対して冷めてしまった人を熱く燃え上がらせるそんな仕事

一緒にやりませんか?

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本気で向き合う人には怒りがある

みなさんは人生生きる中でどんな質問を持っていますか

時と場合によっていろいろ変化することもあるでしょうが、これまで持った疑問にはどんなものがあるでしょうか

 

たとえば

どうしたら年収1000万円を稼げるだろうか

どうしたら自分がよりよい未来を手にできるだろうか

どうしたらよりよい社会を創出できるだろうか

など

 

質問は無限にありますが、なぜ人間は弱肉強食でしか生きれないのかという問いは、多かれ少なかれ誰もが考えたことがあるのではないでしょうか

 

たとえば小学校での出来事

ガキ大将的な子が弱い子をいじめたり、ガキ大将でなくとも力のある子がない子に威圧的な態度をとったりしていた場面はよくありましたよね

そして子供だけでなく、先生までも力のある先生がない先生に言うこと聞かせたりすることもあったでしょう

 

そしてそのような構図は小学校だけでなく、中高大、社会人になっても人間同士の間には必ずあります

 

広い意味で力のあるものが力のないものの上に立つ形で社会が成り立っていて、ときには自らの利益を守るためにその力を使って他人を傷つけたり裏切ったりまでします

そしてさらに、ひどいときには殺してしまったりもしてしまいます

 

人間が本質的に平等で愛と信頼に溢れて生きるにはどうすればいいのでしょうか

 

その答えを探し求めて宗教をかじってみるけれど、一緒に信仰している人同士でも同じようなことがあって本質的な解決に至っていないし

宗教では限界だからといって精神世界にいっても、人間の本質はわからないままで人間関係は上辺だけを取り繕ったものだったり

どこにいっても本当の解決なんてみつからない

 

本当は愛と信頼に満ちた世の中、世界がいいなと思うのに、そんなことは今の人間には到底不可能

 

理想が高い分だけ考えれば考えるほど人間の現在地に対して怒りとあきらめの感情さえ湧いてきてしまう

 

本当に人間はこの現在地のまま変化できないのでしょうか

なにか本当の意味での突破口はないのでしょうか

 

そんな質問に対し、n-Techでは人間の現在地と、その現在地に留まっている原因を明確にしています

そしてさらにその原因を根本的に解決できる道まで案内しています

 

1人でも多くの人とこのn-Techを共有できたらと思っています

読んでくださりありがとうございました

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あきらめの先にあるもの

毎日を楽しいものにしたり、日々を充実したものにすることに対してみなさんはどう考えていますか

 

昔、学生の頃なら講義の後は友達と遊んだり、部活やサークルに行ったりして楽しく実のりのある毎日を過ごしていたでしょう

 

でも社会人になったらだいぶ違いますね

平日は忙しいから会社と家の行き来だけ

そしてその会社の仕事が大して自分がやりたいことでもなく、やればやるほと喜びを感じられるものではない

束の間の休日は、好きなことはあってそれをやってればまあまあ楽しいけど

だけどそれもその時間だけ満足するだけで後になったらなにか満たされない感覚が残ってしまう

 

本当は人生すべてをかけてなにかをやりたいし、それを通して心から歓喜溢れる生き方をしたいのに

 

でもそんなのどうしたらいいのかわからないから、仕事もプライベートもこんなものかなって、なんとなく今のところに落ち着いてしまっている

 

こんな風にイマイチぱっとしない状態になってしまっていることってよくあると思います

 

そしてこんな状態が続けば、もうこの先このような曖昧な生き方しかできないんじゃないか、ってあきらめてしまうことも、、

 

そんなときに私が共有したいのがn-Techという技術

なぜ毎日が歓喜溢れず満足できないのか、そのメカニズムを明確にし、その原因から100%解放することが可能な技術

人生すべてをかけられる生き方を案内できます

気になる方は是非メッセージを♪

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衝動に駆られて困るのはあなたが健康だから

衝動に駆られる

というとどんなことを思い浮かべますか?

 

例えば買い物とか、食べることとか、お酒とか、はたまたギャンブルなどが挙げられます

ふとした時に無性にこのようなものを欲する気持ちになることって多くの人があるのではないでしょうか

 

特に日常の大半を過ごす会社で、それなりに仕事ができて、人間関係もまあまあうまくやっている

そうするとそれなりになんでもこなせてしまって毎日に刺激が欠けてしまいます

 

そりゃあ仕事をしているときは忙しくてその気持ちが紛れるかもしれないけど、休みの日になると仕事をしていない分その気持ちに駆られて行動してしまう

 

少しやるくらいなら全然問題はないでしょう

でもやりすぎるとそれは問題

体と財布に負担がかかってしまいます

 

なんとかその衝動を紛らわせようとして何か別のことをするけど、我慢できるのも最初だけ

しばらく耐え忍んでいてもついには限界を迎えてしまうでしょう

行かない方がいい、やらないほうがいいってわかっているのにやり始めてしまって時に歯止めが効かなくなる

 

そうなってしまうと後になって

やらなければよかった、、

なんでこんなことになってしまったんだろう、、

って後悔したり、惨めな思いをするハメに、、

 

買い物とか食べることはまだいい方

これがギャンブルとかになってくるともう大変

自分の経済状態に支障が出てくることも少なくないし、そんな状態なのにまたさらに行ってしまう

それでついには自己破産

最悪の状態になりかねません

 

じゃあそもそもなぜ衝動に駆られるという現象が起こるのでしょうか

 

それは自分の存在を感じたいからという本質的な欲求があって、それが健全に働いているからなのです

日常ではマンネリしてしまって自分の存在を感じられない

だからその自分の存在をビンビン感じられることをしたくなるのです

 

逆に言えばその存在感さえ満たすことができればその衝動をクリアすることができるのです

 

衝動的などうにもならない感情をクリアする方法

ぜひみなさんと共有したく思います

ご興味ありましたらご連絡ください😊

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絶望一色の中の一点の期待

会社勤めをする中で今の仕事にやりがいを感じられず、毎日に不満があるという人は少なくないでしょう

 

仕事はできる方で、信頼もある

だから任せられる仕事も少なくない

職場での人との関係も、休みの日にちょっとした遊びに誘われるくらいそこそこうまくやっている

風通しの良い社風だし、不満さえ言わなければ恵まれた環境ではある

 

にもかかわらず、数年間仕事をしてみて会社という組織の中で自分の未来に希望を見ることがまるでできない

 

というのも会社で仕事をやるということが、ただ与えられた仕事をやってればお金をもらえるというシステムの檻にぞんざいに投げ入れられているように感じるから

そしてそんな檻の中で、深さの全くない表面的な行為だけを要求されているように思えて仕方がないから

そうなのに周りの人はさもそれが当然というように、みんな疑問なくそれに応えていることがさらに違和感を覚えて気持ち悪い

人が人として輝ける環境など微塵もない、、

そんな絶望の海を小舟でさまようような毎日

 

でも

 

人生これで終わるはずがない!!

そんな期待も同時にある

 

実はそういう期待ってとっても大事なんです

そういうのが突破口になって新しい道が拓けていくから

実際私もそうでした

 

一人一人が人として無限に個性を発揮できる環境とその技術n-Tech

あなたの無意識に眠るつぼみを花開かせます

 

関心ある方、是非繋がりましょう!

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n-Techを知ってメッセージを発信しよう

昨日に引き続きn-Techに出会った私がどんなビジョンを語るのか共有したいと思います。

 

私はn-Techと出会う前は自分が日本人であることを特に意識していませんでした。

そしてまたよくあるアメリカ大好きといったような人間でもなく、民族の違いにこれといって関心のない人でした。

 

ところがそれがn-Techを学ぶようになって大きく変化していったのです。

どう変わっていったか、その出発はまずはセミナーを受けたときに学校では勉強しない知識を知ったことから始まりました。

日本という国が歴史上どんな思いで、どんなことをしてきて、そして今周りの国との関係性含めどういう状態なのか。75年前第二次世界大戦を境に地獄を味わい、以来真面目に一途に頑張ってきたのに自己否定するしかない悔しい状態だということ。

そしてさらにその状態を、ある出来事をきっかけにアイデンティティと繋がって感情を伴ってよく理解できたのです。

 

その出来事というのが祖父の死でした。

ここからはその祖父の死についてお話しようと思います。


まず祖父がどんな人だったかというと絵に描いたような真面目な人でした。

どんな風に真面目だったかというと、祖父は生前町の電気屋をしていたんですが、その仕事に向き合う姿勢が本当に真剣そのもので言葉にせずとも肌を通して直にそれが伝わってくるほどだったのです。

休みの日には息子や娘の夫にまで手伝って欲しいとお願いして仕事をしていたほどでした。

そう頼まれた2人が文句ひとつ言わず黙って手伝っていたので、そこからもどんな姿勢だったのかがよくわかると思います。

そして、そんな祖父が亡くなった葬式の時には、部屋に入り切らないほどのたくさんのお客様が来てくださって、ええ男やったと言ってました。

葬式というのはその人の人生の集大成で、どんな姿勢で生きてきたのかが如実に現れるものです。私は改めてそのときに生前あまり好きではなかった祖父のあり方を肌で感じたのです。

 

そんな祖父が、私が小学生の頃、戦争の話をしてくれたときに言っていたことがありました。

『わしもはよ戦争に行きたかったんや』

と。戦争中祖父は高校生くらいだったので、まだ戦場にはいけなかったのですが、日々そう意気込んでいたそうです。

私は物心つく前から祖父のそばにいたから無意識で繋がっていたんだと思いますが、祖父が亡くなったとき、そう話してた彼のアイデンティティが、日本そのものだったんだって1ミリもブレない確信がきたんです。

それ以来戦争当時『わしもはよ戦争行きたかったんや』と言っていた祖父の気持ちも自分のことのようにわかるようになりました。

体こそ戦場に行ってないけど心はアメリカと戦っていたこと、敗戦したとき、本当に真剣に向き合っていたからこその反動で、悔しいを通り越して、日本にも日本人にも自分にも失望したこともまるで自分のことのように理解できました。

 

だけど、祖父はそこで終わらなかったんです。次は経済だって、町の電気屋をやるんだってお店を開きました。真面目に向き合う姿勢はそのままで、日々遅くまで仕事に没入していたそうです。

 

だけどそんな祖父が店を畳んでから死ぬまでの間にずっと言ってたことがありました。

それが自分のことを指して

『年寄りははよ死んだらええんや』

と。いつもいつも顔を合わせればそう言っていました。そしてついにそう言いながら亡くなっていったのです。

 

その亡くなったときに私は思いました。

なんで真面目に一途に人のために頑張ってきた人間が自分を否定しながら死んでいくんだ!!って。

悔しかった、、

深い泉の見えないところからなにかが突き上げるように、心の奥底からそんな感情が突き上げてきたんです。

 

それで日本悔しいんだってよくわかりました。

真面目に頑張った結果自らを否定するしかない日本は悔しいんだって。

だから私は祖父の遺骨の前で日本は私が引き受けるんだって決断しました。JapanMissionを率先して発信していきます。

 

n-Techでは敗戦して個人主義に毒されてしまった日本を目覚めさせ、侍日本に戻す日本re•rise運動をやってます。それを通して全く新しい日本をつくります。

そしてそこから世界にn-Techを展開し日本から新しい時代を切り開くその活動を行なっています。興味のある方は是非一緒にやりましょう!

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