宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

衝動に駆られて困るのはあなたが健康だから

衝動に駆られる

というとどんなことを思い浮かべますか?

 

例えば買い物とか、食べることとか、お酒とか、はたまたギャンブルなどが挙げられます

ふとした時に無性にこのようなものを欲する気持ちになることって多くの人があるのではないでしょうか

 

特に日常の大半を過ごす会社で、それなりに仕事ができて、人間関係もまあまあうまくやっている

そうするとそれなりになんでもこなせてしまって毎日に刺激が欠けてしまいます

 

そりゃあ仕事をしているときは忙しくてその気持ちが紛れるかもしれないけど、休みの日になると仕事をしていない分その気持ちに駆られて行動してしまう

 

少しやるくらいなら全然問題はないでしょう

でもやりすぎるとそれは問題

体と財布に負担がかかってしまいます

 

なんとかその衝動を紛らわせようとして何か別のことをするけど、我慢できるのも最初だけ

しばらく耐え忍んでいてもついには限界を迎えてしまうでしょう

行かない方がいい、やらないほうがいいってわかっているのにやり始めてしまって時に歯止めが効かなくなる

 

そうなってしまうと後になって

やらなければよかった、、

なんでこんなことになってしまったんだろう、、

って後悔したり、惨めな思いをするハメに、、

 

買い物とか食べることはまだいい方

これがギャンブルとかになってくるともう大変

自分の経済状態に支障が出てくることも少なくないし、そんな状態なのにまたさらに行ってしまう

それでついには自己破産

最悪の状態になりかねません

 

じゃあそもそもなぜ衝動に駆られるという現象が起こるのでしょうか

 

それは自分の存在を感じたいからという本質的な欲求があって、それが健全に働いているからなのです

日常ではマンネリしてしまって自分の存在を感じられない

だからその自分の存在をビンビン感じられることをしたくなるのです

 

逆に言えばその存在感さえ満たすことができればその衝動をクリアすることができるのです

 

衝動的などうにもならない感情をクリアする方法

ぜひみなさんと共有したく思います

ご興味ありましたらご連絡ください😊

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絶望一色の中の一点の期待

会社勤めをする中で今の仕事にやりがいを感じられず、毎日に不満があるという人は少なくないでしょう

 

仕事はできる方で、信頼もある

だから任せられる仕事も少なくない

職場での人との関係も、休みの日にちょっとした遊びに誘われるくらいそこそこうまくやっている

風通しの良い社風だし、不満さえ言わなければ恵まれた環境ではある

 

にもかかわらず、数年間仕事をしてみて会社という組織の中で自分の未来に希望を見ることがまるでできない

 

というのも会社で仕事をやるということが、ただ与えられた仕事をやってればお金をもらえるというシステムの檻にぞんざいに投げ入れられているように感じるから

そしてそんな檻の中で、深さの全くない表面的な行為だけを要求されているように思えて仕方がないから

そうなのに周りの人はさもそれが当然というように、みんな疑問なくそれに応えていることがさらに違和感を覚えて気持ち悪い

人が人として輝ける環境など微塵もない、、

そんな絶望の海を小舟でさまようような毎日

 

でも

 

人生これで終わるはずがない!!

そんな期待も同時にある

 

実はそういう期待ってとっても大事なんです

そういうのが突破口になって新しい道が拓けていくから

実際私もそうでした

 

一人一人が人として無限に個性を発揮できる環境とその技術n-Tech

あなたの無意識に眠るつぼみを花開かせます

 

関心ある方、是非繋がりましょう!

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n-Techを知ってメッセージを発信しよう

昨日に引き続きn-Techに出会った私がどんなビジョンを語るのか共有したいと思います。

 

私はn-Techと出会う前は自分が日本人であることを特に意識していませんでした。

そしてまたよくあるアメリカ大好きといったような人間でもなく、民族の違いにこれといって関心のない人でした。

 

ところがそれがn-Techを学ぶようになって大きく変化していったのです。

どう変わっていったか、その出発はまずはセミナーを受けたときに学校では勉強しない知識を知ったことから始まりました。

日本という国が歴史上どんな思いで、どんなことをしてきて、そして今周りの国との関係性含めどういう状態なのか。75年前第二次世界大戦を境に地獄を味わい、以来真面目に一途に頑張ってきたのに自己否定するしかない悔しい状態だということ。

そしてさらにその状態を、ある出来事をきっかけにアイデンティティと繋がって感情を伴ってよく理解できたのです。

 

その出来事というのが祖父の死でした。

ここからはその祖父の死についてお話しようと思います。


まず祖父がどんな人だったかというと絵に描いたような真面目な人でした。

どんな風に真面目だったかというと、祖父は生前町の電気屋をしていたんですが、その仕事に向き合う姿勢が本当に真剣そのもので言葉にせずとも肌を通して直にそれが伝わってくるほどだったのです。

休みの日には息子や娘の夫にまで手伝って欲しいとお願いして仕事をしていたほどでした。

そう頼まれた2人が文句ひとつ言わず黙って手伝っていたので、そこからもどんな姿勢だったのかがよくわかると思います。

そして、そんな祖父が亡くなった葬式の時には、部屋に入り切らないほどのたくさんのお客様が来てくださって、ええ男やったと言ってました。

葬式というのはその人の人生の集大成で、どんな姿勢で生きてきたのかが如実に現れるものです。私は改めてそのときに生前あまり好きではなかった祖父のあり方を肌で感じたのです。

 

そんな祖父が、私が小学生の頃、戦争の話をしてくれたときに言っていたことがありました。

『わしもはよ戦争に行きたかったんや』

と。戦争中祖父は高校生くらいだったので、まだ戦場にはいけなかったのですが、日々そう意気込んでいたそうです。

私は物心つく前から祖父のそばにいたから無意識で繋がっていたんだと思いますが、祖父が亡くなったとき、そう話してた彼のアイデンティティが、日本そのものだったんだって1ミリもブレない確信がきたんです。

それ以来戦争当時『わしもはよ戦争行きたかったんや』と言っていた祖父の気持ちも自分のことのようにわかるようになりました。

体こそ戦場に行ってないけど心はアメリカと戦っていたこと、敗戦したとき、本当に真剣に向き合っていたからこその反動で、悔しいを通り越して、日本にも日本人にも自分にも失望したこともまるで自分のことのように理解できました。

 

だけど、祖父はそこで終わらなかったんです。次は経済だって、町の電気屋をやるんだってお店を開きました。真面目に向き合う姿勢はそのままで、日々遅くまで仕事に没入していたそうです。

 

だけどそんな祖父が店を畳んでから死ぬまでの間にずっと言ってたことがありました。

それが自分のことを指して

『年寄りははよ死んだらええんや』

と。いつもいつも顔を合わせればそう言っていました。そしてついにそう言いながら亡くなっていったのです。

 

その亡くなったときに私は思いました。

なんで真面目に一途に人のために頑張ってきた人間が自分を否定しながら死んでいくんだ!!って。

悔しかった、、

深い泉の見えないところからなにかが突き上げるように、心の奥底からそんな感情が突き上げてきたんです。

 

それで日本悔しいんだってよくわかりました。

真面目に頑張った結果自らを否定するしかない日本は悔しいんだって。

だから私は祖父の遺骨の前で日本は私が引き受けるんだって決断しました。JapanMissionを率先して発信していきます。

 

n-Techでは敗戦して個人主義に毒されてしまった日本を目覚めさせ、侍日本に戻す日本re•rise運動をやってます。それを通して全く新しい日本をつくります。

そしてそこから世界にn-Techを展開し日本から新しい時代を切り開くその活動を行なっています。興味のある方は是非一緒にやりましょう!

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n-Tech を知って変化しよう

今回はn-Techと出会って大きく変化した私のエピソードを紹介したいと思います。

 

私は父母姉妹のいる5人家族で育てられました。

その中で1番影響を受けた母は愛情が深く何よりも子供のことを最優先してくれる人でした。よく遊んでくれたし何でもしてくれる人で、また兄弟みんなに平等でいつも変わらず家事をこなす人でした。

だからそんな母の影響を受けて私は人が大好きで、みんなに平等で、人のために何かをしてあげることってなんて素敵なことなんだ!って純粋でキラキラしている人になっていきました。


しかしそんな私が180°ひっくり返る事件が起こるのです。

それは12歳の時です。

ある先生との間に起こったことだったんですが、その先生は不良のような生徒には下から出て、真面目な生徒とか弱そうなものには上から強く出るような人だったんです。

そんな先生に私はその先生にとって不都合なことを言ってしまったときがありました。

私は絵に描いたような真面目な生徒だったので、その先生からしたら強く出れる格好の人間だったのでしょう。

案の定私は激しく怒られ、その後も誰もいない会議室に呼び出されて胸ぐら掴まれて怒られました。

そんな怒られ方をしたことがなかっし、当時私は背が低くかったことも拍車をかけ、私は恐怖でびっくりしてしまったのです。

あまりの恐怖心にその時が過ぎ去った後でも心のドキドキが止まらないほどだったのです。その結果強烈なショックが入り、180°人間に対する見方がひっくり返ってしまったのです。

 

人が好きで純粋でキラキラしていた私から、人間関係は弱肉強食、強いものが弱いものを支配する私へと。


こういう強烈なショックからくる決断でできた基準をn-Techでは無意識エンジンって言ってますが、人間はみな一度この基準ができてしまうと無意識でそれに基づいた人間関係しか作れなくなってしまいます。

私も例に漏れずこの事件をきっかけに大きく変わってしまったのです。


人間は支配する側がされる側かどちらかだ。

他人のためにしてあげることが素敵なことなどと言っていてはバカを見る。

この世界で生きるのであれば弱者を支配する強者にならなければならない。そう無意識で決断してしまったのです。

それ以来私は弱いものをいじめるようになりました。

 

そしてさらに私はよく観察してよく考える人だったので、人間が弱肉強食の中でなにをしているのか、それを自然に洞察していたのです。

そしてその結論は戦争です。

私の言っている戦争というのは目に見える戦争だけではありません。人間は広い意味で都合が悪くなるとそれを排除しようとします。

 

最悪は殺す

殺さなくても暴力で

暴力でなくとも暴言で

暴言でなくても無視で

無視せず笑顔でも内心は相手を否定して


そしてさらに、内心で相手を肯定していたとしてもそれでいいのでしょうか。

自分の愛しい人を例にイメージしてみましょう。

多くの人はちょっとやそっと都合が悪くても愛しい相手を優先できるでしょう。

でも自分の命がかかるとどうですか。理性が働いているうちは相手のために自分の命を捨てることはできるかもしれません。

ところが理性が働かないほど切迫してくるとどうでしょうか。


なにが言いたいかというと、自分という我があったらいくら互いに愛しいと言っても、相手を犠牲にする可能性が0ではないということ。だから深くみたら人間と人間が出会えばもう戦争が始まるんだということ。

 

確かに日常ではそんな理性が働かないほど切迫した事態は起こり得ないといえばそうです。でもそれが起こらないからといってみないふりをして愛や平和を語れるのでしょうか。


本当の意味で愛と信頼をもって人のために生きれるようになるために、唯一の突破口があるのだとしたら、それはこれだけは譲れない、これだけは侵されると都合が悪いという意識が消えること、言葉変えれば自分という我が消えること。我が消えて相手のためにいつでも喜んで死ねるくらいになることだと。

だけど、そんなことは無理だ、当時の私は思いました。

だから自分も含めて世間の人間は自分を守るために、傷つけ合い、裏切り合い、殺し合いをするくだらない生き物にしかみえなくなりました。


本当はみんな平等で他人を喜ばせるような生き方をしたかった!だけど、人間にはそれは無理だ。

だからその後の私の人生は、弱者を使ってどう自分が勝ち組になるかということが全ての行動の選択基準になってしまったのです。


私は社会人になるときすでに勝ち組になるためにビジネスをしていました。

そのビジネスが軌道にのるまでお金が必要だったので仕事をしてたのですが、なにせ行動の基準がビジネスを成功させて勝ち組になることでした。兎にも角にもビジネスを成功させること最優先で時間も労力も徹底的に一点集中させていたのです。だから会社の仕事では給料さえあればいいという考え方、そして仕事は適当にするし出勤はギリギリ、一緒に働く人とは喋らないし迷惑かける、そんな人間だったのです。それが我慢できなかった職場の人は私に暴言吐いたり私を殴ったりしてきました。朝出勤したらとりあえず周りから白い目でみられる、そんな毎日でした。

幸か不幸かその会社の社長はそんな私をクビにしなかったのです。しかしそんな寛容な社長にさえ私は、どうせ私をみて面白がってるんだろうとどこまでも捻くれた考えをしていたのです。

こんな風に12歳のときの事件をきっかけに私の人生は大きく変わってしまったのです。


そんな中で出会ったのがn-Techでした。

そのn-Techにはセミナーとかセッションとかがあるんですけど、セッション受けたときに無意識の決断が見えたんですね。

それで長期のセミナーを受けてみると、なぜ人間が弱肉強食でしか生きれないのか、支配する側かされる側かに別れざるを得ないのか、その原因が観点の問題にあるということがわかったんです。

それが理解できたら自分と自分の宇宙が綺麗に消えたんです。それで人間関係は弱肉強食だというイメージも綺麗に消えたのです。


それでその観点の問題がわかると逆に人間は素晴らしい存在なんだということ、人間こんなもんじゃない、ほんとの人間はすごいんだ!ということがよくわかったのです。

それでまた人間に対する見方が180°以上変わって人間くだらない生き物だ、から人間もっと好きにさらにひっくり返りました。

以来人との交流がまた楽しくなって大きく人間関係が変わったのです。

 

人間がここまで大きく変化できるなんて想像もしてなかったけど、変化してみて思うのは自分の意思どおりになるということ。

意思さえあれば変化はできる。

 

だから変化したい人、人間の素晴らしさを知りたい人は是非私と友達になってください。

待ってます!

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苦しい人こそ次の時代を担う人!?

学生の時、お金にはならないけど人のためになること、地域のためになることをやって、やりがいや喜び感動を感じたことは多くの人があると思います

 

別に自分がどうなりたいとか欲があるわけでもなく、ただ人のため、地域のためになにかできることで人々の喜ぶ姿がみれる

それで達成感や存在感を感じられて自分も喜びを感じることができる

 

人を喜ばせること、人を幸せにさせることってなんて素晴らしいことなんだろう

そんな風に心が満たされた気持ちいっぱいになって自分まで幸せな気分になる

 

できればそんな生き方を学生を卒業してもしたかった

でも現実はそんな甘くない

社会人になってしまえばそのことがよくわかる

というのも自分の生活がかかっているから

 

学生の間は親に助けてもらっていたからそんなこともできたけど、社会人となった今、自分のことは自分でしないといけない

お金を稼がないと生活できないし、あろうことかその想いが逆に疎まれることさえある

 

ほんとうは心から人のために地域のために自分の人生使いたい

だけど社会の仕組み上、人との関わり上、仕方なく我慢するしかない

 

毎日会社に行っては、自分の生活のために大してやりたくもない仕事をこなす日々

そんな日々の中、自分が助けてあげられる人、喜ばせてあげられる人が目の前にいるにも関わらず、今の自分には手を差し伸べてあげることができない

 

お金とか、関係性とか全部なしにして人のためにだけ生きれたらどんなにいいことか

そんな純粋な生き方をできなくさせるこの社会はどうなっているのだろうか

 

考えれば考えるほど苦しくなる、、、

もどかしくなる、、

 

そんな風な悩みを持っている人はとっても健全です

 

というのも人間には、お金とか関係性とかに縛られてしまう仕組みがあるのです

そしてその仕組みがわかってしまえば、ほんとうに心から人のために生きることができるからです

そしてさらに、その仕組みを理解する道は人であれば誰しもが通るべき道だから

 

このような健全な悩みをもったあなたは人々を次のステージに導く人なのかもしれません

 

その仕組みを知りたい人はメッセージしてくださいね😊

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満たされた毎日を送る鍵は空虚な心

日々どんなところで歓びと感動を感じていますか

 

歓びとか感動とかというと、今の時代はあまりにも日常にそれらがなさすぎて具体的にはピンとこないかもしれません

 

でも少しイメージを深めてみましょう

 

例えば映画を見て感動したり、あるお店に行って素敵な時間を過ごせて感動したりしたことは誰でもあると思います

 

そんなとき心が震えて涙を流したり、ほっこりと暖かい心地よい気持ちになったりして、日常の空虚な心と比べるととっても満たされた気持ちになるでしょう

 

そういった歓び感動を日常にどんなところで感じてますか

 

そんな風にいったら

 

毎日会社と家の往復で大した変化は特にない

朝起きて準備をしたら、満員電車に乗って出勤

変化のない仕事をこなして時間になれば帰宅する

 

だからマンネリしてしまって無気力、無感動で何のために仕事をしているのか、何をモチベーションに毎日を過ごしているのかさえもわからない

ただ惰性で毎日が過ぎるだけ

 

だから歓び感動なんてない!!

 

そんな風に答えが返ってくると思います

 

 確かに映画を見たり、普段行かない場所に行ったりして、心が震えて涙したり、満たされた気持ちになったりすることはあるかもしれない

 

だけど、それは日常のごくごく僅かな一時だけ

いつもの日々に戻ればまたマンネリ無気力無感動の灰色の日常が続く

ずーっと出口のない苦痛がどこまでもどこまでも続く

 

そんな心が呼吸をできず、どうにもならない苦しみ

 

なぜこんなにも苦しいのか

自分はなにか悪いことをしたのか

そんな疑問さえ出てくる

 

そんな歓び感動のない毎日をどうしたら満たすことができるのでしょうか

 

それは映画を見たからとか普段行かないところに行ったからとか、外からくる条件で感動するのではなく、日常を歓喜感動で観ることができる心をつくること

 

一見不可能に聞こえるけど、本当にできてしまえばいつどんなときでも満たされた心で日々を送ることができる

 

魔法のような効果ですよね!

 

その不可能を可能にするには、今までにない全く新しいイメージを取り入れること

それがマンネリした無感動の毎日を変化させる突破口なのです

 

歓喜感動の日々を過ごしたい方是非お友達になりましょう!

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苦しみの真っ只中、一点の希望

未来こんな風に仕事をしたい

そんなイメージはあるけれど、そに向かって目の前のことをやっていくことがとても苦しい

 

1人でいるとき感情が自分の中で暴れる

なにもしていなかったら苦しいからって例えば気を紛らわせることをしてみても

家にいたらぐるぐる考えにハマってしまうからって例えば外に出かけてみても

なにをしてもどこに行っても逃れることはできない

 

体は呼吸をしていても心の呼吸は極端に細く、窒息気味で今にも途絶えそう

脳に血が上ったように頭が圧縮された感じになって吐き気にならない吐き気を催す

 

そんなときとにかくアウトプットしようってノートにひたすら思うこと感じることを書いてみたり

誰か近くにいる人に表現してみたりするけれど

それも一時的な対処法

少ししたらすぐにまた元の考え感情が押し寄せてきて苦痛の中に飲み込まれて行く

 

こんなはずじゃないのに、、

私がなにか悪いことをしたというのか、、

本当にどうにもならないこの状況

 

生きることとはこんなにも残酷なことなのか、、

 

そんな日々が過ぎてゆく

 

だがしかし、生きるというのは本当にこのような苦しいものなのでしょうか

 

本当のことを言えば、私たち人間が苦しくなってしまうことには仕組みがあるのです

仕組みがあって苦しくなるようになっているのです

その仕組みが絶対世界から相対世界が生まれる仕組み

 

これがわかってしまえばその苦しみから解放されちゃいます!

 

欲しいものが手に入ったとしても

環境が変わったとしても

苦しみというのはなくなりません

 

唯一、苦しむ仕組みがわかったときにだけ本当の意味でその苦しみから解放されるのです😊

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