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宇宙水準点

若者を熱くさせる新経済と新教育について気づいたこと感じたことを綴っていきます

第16弾 JapanMissionProject in 札幌

少し遅くなりましたが、行ってまいりました札幌

前回横浜に続き札幌でのリレー講演です

 

残雪が溶けて春が訪れるように、人類史の寒い冬に終わりを告げ、希望に満ちた春が巡ってくるように観術のエネルギーを注ぐイベントとなりました

 

人類史に春を運ぶ観術の中核は1つの動き

1つの動きが個人を変える

1つの動きが社会を変える

1つの動きが世界を変える

 

全てが新しく生まれ変わる

その時まであと少し

 

アニメは時代の象徴

今日仕事で一緒の子と話してたらアニメの話になって、その子が言うには最近のアニメは面白くないとのこと

昔のと今ので何が違うのか聞いてみたけどなんかよくわからないといってたので、私なりに考えてみました

 

ちなみに昔のって言うのは80年代半ば頃のやつ、最近のっていうのは文字通り最近、まあ2014年以降くらいにしときましょう

 

単刀直入簡単にぱっと見のイメージを適当に挙げてみたいと思います

 

昔のやつ

①ダサい

②単純、勧善懲悪とか

③弱ささらけ出す

④心がアツい

 

最近のやつ

①カッコいい、カワイイ

②種類豊富

③スマート

④クール

 

こんな感じかな

なんかね、比べたら全然違うんですよね

 

まず①、文字通り昔のやつはダサい!登場キャラはもちろん乗り物、建物などなど

テキトーに書いただろって感じもしなくもない

今のやつはいろいろとスタイリッシュだし見栄えする

 

次②、昔のはストーリー性がわかりやすい、悪いヤツをやっつけるみたいな

今のは勧善懲悪もあるけど別のところに意図がある気もする

 

③、昔のは人間味溢れるというか、弱いところも強いところも包み隠さないのにたいし、今のは綺麗にまとまった感じ

 

④、昔のはキャラの中に人としての強さが見える

一方今のは人としての強さではなく、力的な強さがある

 

ざっとこんな感じ

 

こういう風に見ると時代を象徴しているように見えるんですよね

 

80年代半ばといえば高度経済成長期からバブル崩壊寸前といったところ

日本がモノづくりで世界を席巻していた時代

まずものづくりにアツくなっていたのはあったでしょう

それから弱み強みをオープンにしながら協力しながら発展してきたのもあったと思います

人間的なドロくささとか、ダサいという言葉で置き換えられそうなところもあったでしょう

 

一方で今

バブル崩壊後、30年近くが経ち、向かうべき方向性を見失った日本

向かう方向がわからず没入集中できないから頑張ることやアツくなることもない

さらに敗戦の影響でそもそも熱くなることをよしとしない、クールに結果を出すのがかっこいいことのような風潮

 

こんな感じ

 

私の観点からみたら、昔のものと今のものの違いを一言で表現するならキーワードは『深さ』だと思う

昔のものには見えないところに人間的な意思の強さがあった

だからその分アニメーションが下手でも通用したと思う

一方、最近のは見た目よくというところに力が入っていて人としての中身の描写は伝わってこないのが少なくない、要は表面的ということ

 

人間関係が希薄になって不信がはびこる時代、やはり人間的な深さのつながりが求められているのではないでしょうか

人間でいるということは屈辱と絶望しかない

人間には無意識エンジンがあるということはずっと前から話してきた

幼い頃に自分で決断したものだ

 

観点というやつだけど、観点って浅いものから深いものまでたくさんある

 

たとえば人間として生まれた瞬間に決定するエンジン

おぎゃあって生まれて呼吸をする瞬間にエネルギーを取り込む間ができる

その取り込んだ年月日時間のエネルギーでその人の運命がある程度決定される

四柱八字もそれで決定されるので木火土金水のエネルギー属性や相性なども決まる

 

そしてもっと深いのは人間になる前に決断している観点もある

動物の時、植物の時からずーっと繰り返しているもの

その観点があなたの人生を良くもすれば悪くもする

コントロールされているので自由な選択はできないし、AだったらBの条件反射、そうしたくなくてもせざるを得ない

 

観点に掴まれるということがどれだけ屈辱的で絶望的なことか!

持つべきは憧れではなく高級感情

『憧れ』って言葉よく聞きますよね

この憧れってなんでしょうか

 

私が思うのは何かの事象や人に対して多くの場合喜びとか感動とか、プラスの感情が動いて将来それをしたいとかそんな人になりたいとか思うときの感情ではないでしょうか

 

私は昔、高度経済成長期やバブルの時代、若者だった人に会えば何に希望を感じてたかって必ず聞いていた時期がありました

 

そのときに聞いた話で印象に残った話

『ある映画の主人公の心情の動きと生き方に心打たれて、トイレに隠れて次の上映を待ってまた観たんだ

それで俳優になることを決断したんだよ』

って目を輝かせながら彼は話てたんですけど、きっと、てか絶対って言いたくなるくらいその俳優に憧れたんだと思います

それもお金払わず隠れて次みるくらいだから相当に笑

まあ私は社会のルールなんて気にしないってくらいの熱い意志には心打たれるので、この人素敵だなって思って話聞いたとき思ったんですけどね

 

そんな感じで『憧れ』って理想に向かうきっかけになる感情だと思うわけです

 

問題は今の時代、その憧れること自体が減っていること

一部の人は何かに憧れることはあるかもしれませんが、それは結構限定的で真新しいものが少ない今は多くの人がそういった感情を持てないでいると思います

だから無感動とかって言い方もしたりしますね

 

その状態でビジョン戦争ですね

お金持ちになっていい家に住んで、いい車に乗って、そんな感じに成功するのがよし

そんな人にに影響受けて、自分もそうなりたくて、そのために自分のビジョンに人を利用する

影響受けて=憧れてっていうふうにも言えるでしょう

 

もう少し話を広げて、昨日クールジャパンの話をしたと思いますがなぜ海外で日本のアニメが流行るのか、あとアニメじゃなくても若者の間でワ◯ピースとか特定の漫画がなぜ流行るのか

そこにも憧れがありますね

アニメや漫画の中の登場人物が自分の理想になっていて、そこに自分を重ね合わせる代理満足というもの

 

ちなみに私は代理満足の人でした笑

だって世の中なににも誰にも憧れない、絶望しかなかったから笑

今はちょっと違いますけどね

 

でね、問題は理想に向かうモチベーションがこれからの時代は『憧れ』ではなくなるということ

 

なにがモチベーションになるかというと、それは『高級感情』

今の時代とか、今の日本とか、今の世界とか、今の若者とか、広い視野でみたときに湧いてくる涙を伴う感情

問題意識という言葉を使ってもいいかもしれません

 

わかりやすいのでいえば今の日本

第二次世界大戦天皇中心として必死で戦った

始めの頃は優勢だったが、途中から形勢逆転、本土空襲が始まり最後は原爆

その後、700年間育まれた日本人の精神を破壊する政策により敗戦70年後の今、人間性破壊により国の維持が危ぶまれる

そんな状況を、悔しさを爆発させながら日本こんなもんじゃないっ!って叫ぶその感情

 

今の若者にもつながる

戦後教育で日本人のIDは破壊され、人間関係が希薄になり不信に満ちている

また敗戦の影響であきらめ、挫折が無意識に刻まれ熱くなることをバカにする

今の若者がなんで夢希望を持てないのか、原因は明々白々!そこには涙と悔しさがある!

 

こういった高級感情をもてるかどうか、これが時代を引っ張っていく人となるのか、引っ張られていく人となるのか、それを分けるのです

クールジャパンはなぜおこるのか

クールジャパンって言葉がありますけど、なぜそれが世界的に評価を得られるのでしょう

 

特にアニメは世界で受けがいいですね

 

私が思うに、日本人の創ったものは日本人の精神が見えないところで生きているからではないでしょうか

 

わかりやすいのはチームプレー

海外物と見比べると主人公と仲間たちのチームプレーが多く見られると思います

しかもヒーロー的存在がいてそのフォローがいてというよりは、みんなが対等で役割分担してって感じでみんながある意味尊厳を維持している

 

なんかね、こう考えると第二次世界大戦の時とオーバーラップするなって思うんです

天皇がいて国民がいて、確かに天皇は神に等しき存在の王様ではありましたが、その天皇は国民を支配する訳ではなかった

気を配り思いやりをもち大切にされていたはず

逆に国民一人一人も天皇を中心に団結し、いろんな役割分担こそあれど互いに人として対等に敬意を払っていたと思う

 

アニメの中に天皇的存在が描写されてた訳ではないけど、役割分担で人として対等に敬意をもってというところは結構生きているのではないかと思うわけです

 

じゃあなんでそういうチームプレーが世界的に受けるのか

 

それは単純明快、世界中は無意識は互いに敬意をもってチームプレーしたいからじゃないでしょうか

 

だからそこへ向かうように徐々にその傾向が生まれていく

クールジャパンはそれをつくっていくなかの1つなのかもしれません

 

それでその最後は誰もが理解できる論理とイメージでそのチームプレーをさらに次元上昇したものにするために認識技術が歴史の舞台に登場する

きっと日本はその仕事をするために準備された国だからクールジャパンもおこるのだろう

観点の異質性がつくる無駄

今日は面白いが判明しました!

それは今日家で家事当番を決める話をしていた時のこと

 

基本みんな忙しくて自分の洗濯物を回収忘れるので

その対策として私は畳んだ衣類を回収しないと布団を敷きにくく、通り道が狭くなるように床に並べるんですけど

布団引けないから、スペースが狭くなるから、あと地べたに置いて欲しくないからという理由で、洗濯カゴにまとめる人がいて

それでそうなるとみんなさらに回収しなくなって

でもそれじゃダメって思ってカゴの洗濯物を1人ずつ振り分ける別の人がいて、、、

 

なんかたらい回しじゃないけど互いのよかれがすごい無駄を生んでるんですよね

判明した時はみんなで笑いましたけど、見事に互いの観点を殺してますね笑

 

観点が違えば互いに生かし合うことができるけど、こんなふうに殺しあうこともあるんですね!

勉強になりました

自立するとはどういうことか

来たる5.31、私たちの21年プロジェクトは満了する

それ以降は自分の足で立っていかなければならない

俗にいう『自立』というものだが、そもそも自立とはどういうことなのか

 

なんでも1人でできるようになることと思われやすいけど、それは違う

 

自立とは独立した意思決定ができるようになること

独立というのは自分と自分の宇宙が消えて何者からも影響受けない状態

だから独立した意思決定は自分と自分の宇宙を完全に解いた世界から観て、問題意識と問題解決策を発信できることだ

 

それでその社会問題を解決するにあたって協力関係をつくること、だから決して1人であれこれすることが自立ではない